古町に出来たジュータンディスコ1 【2006/4/23(日) 午前 2:59】

万代のインペに少し遅れて75年に古町大竹座2階に出来たのが最後の20セントだ。
六本木の帝王といわれた日本レジャー開発のディスコチェーンで後にマハラジャ等を展開していく会社だ。
私は77年に新潟でプロのDjとしてこの店からデビュー!この頃はバンドのステージがあって、その片隅に風呂屋の番台見たいな四角い一段高いところがDJブースだった。
照明はスポットライトが点滅するだけのお粗末な物でターンテーブルはオートの素人用。
ミキサーは手作りみたいな小さい箱にダイヤルが付いていて右に回すと右の音左に回すと左の音
それまで縦フェーダーに慣れてた私は最初戸惑ったが直ぐになれた、今で言うクロスフェーダーだヘッドフォンはちゃんと有った。
店内は1フロアに2階を作って周りの客席はかなり天井が低かったが真ん中のフロアは掘コタツみたいになっていて天井も高く快適だった。
フロアはもちろん、ぜーんぶジュウタン、(トイレ以外は)入るとき靴ロッカーに100円入れて入るんだ、靴下も売っていた。気楽に楽しめる明るいお店、喧嘩は表ではほとんど無かった!?。
ドナサマーの「once upon a time」ビレッジピープルの「san francisco」など、それまでのステップに変わるオカマ系のポコダンス?など飛び跳ねるような踊りが流行った。
もちろん映画サタデーナイトフィーバーのおかげでステップダンスも健在だったな。
この店には、ウエーターのショータイムがあった。
私がDJで入ってからバンドの時よりレコードの時が圧倒的にみんなが踊るので、バンド無しでってことになり、変わりに、東京のほうで受けていた、ショータイムが導入された。
面白かったよ、とにかく笑った、私も踊らされた、変な服着せられてファンキーダンスを!おかげで少しもてた?
で、しばらくして、店儲かってたから、ステージを取っ払って照明キンキラのダンスフロアーと一番奥にステンレスに囲まれたピカピカのDJブースに変貌したんです。(~_~)Yei
ターンテーブルはピッチコン付きのSLだった。
ミキサーは、、、やっぱり自作っぽい奴でしたが縦フェーダーでサブミックスも付いて使いやすかった。
なっなんと!このミキサーはフェーダーと配線だけでバッファアンプなどの回路が一つも付いていなかった。 ターンテーブルからプリアンプを通ってミキサーで入力切替てパワーアンプへって感じ!
すげー単純なやつ!でもシンプルだから音は良かったよ。ノイズ対策のコンデンサーは付いていたと記憶している。
※メーカーとかは気にしなかったけど後にジジックの替わって名機SSRが入るんで、同じ会社だったかもね?
つづく、、、。
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